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ある企業PR映像制作ディレクターの一日・撮影日

更新日:12 時間前

AM6:00

スマートフォンのアラームが鳴る前に、ディレクターの佐藤誠は目を覚ました。

今日は大手IT企業のプロモーション映像の撮影日だ。

天井を見つめながら、頭の中で段取りを確認する。

出演者、ロケ地、機材、スタッフ──

すべてが昨夜までに手配済みだが、それでも不安は残る。

天候だけは人間の手では制御できない。

窓の外を見ると、幸いにも快晴の空が広がっていた。


シャワーを浴び、髭を剃り、黒のポロシャツとチノパンという普段の撮影時の定番スタイルに身を包む。「いってきます」と声をかけると、まだ眠そうな妻が「気をつけてね」と小さく返事をした。


AM7:15

玄関を出る時計は7時15分を指していた。

最寄り駅までは徒歩10分。

電車に揺られること40分で、渋谷駅に到着。

ここから会社まではさらに徒歩15分だ。

朝の渋谷の雑踏をかき分けながら歩く中で、スマートフォンのメールをチェックする。

プロダクションマネージャーの山田から「機材車両の手配完了しました」という報告が入っている。返信しながら、ふと空を見上げる。雲一つない青空が、今日の撮影の成功を約束してくれているようだった。


AM8:30

会社に到着。

普段なら9時出社だが、撮影日は早めに出社して最終確認を行うのが佐藤の習慣だった。

オフィスには既に数人のスタッフが出社しており、それぞれパソコンに向かって作業をしている。「おはようございます」と声をかけながら自分のデスクに向かう。

デスクに置かれたノートパソコンを開き、今日の撮影スケジュールを最終確認。

クライアントから昨夜遅くに届いていた細かな要望メールにも目を通す。

「オフィスシーンでは、できるだけ活気のある雰囲気を出してほしい」「CEOのインタビューは、温かみのある照明で」──クライアントの要望を頭に叩き込む。


AM9:00

スタッフが続々と集まってきた。

佐藤は会議室に移動し、今日の撮影に関わるスタッフ全員を集めてブリーフィングを開始する。

カメラマン、照明、音声──総勢8名のスタッフが真剣な面持ちで佐藤の説明に耳を傾ける。

「では、9時30分に1階エントランスに集合してください。機材の積み込みを開始します」

佐藤の号令で、スタッフたちは素早く動き始めた。


エレベーターを降りると、既に機材車両が到着していた。

カメラ、三脚、照明機材、音声収録機材──それぞれの専門スタッフが手際よく機材を車両に積み込んでいく。佐藤は積み忘れがないか確認する。


AM10:00

予定通りに出発。

撮影場所となるIT企業のオフィスまでは車で40分ほど。

佐藤は助手席から、スマートフォンでクライアントと連絡を取り合う。

途中、渋滞に巻き込まれそうになったが、山田が提案した迂回路のおかげで、予定時刻には現地に到着できた。


AM10:45

現地では、すでにクライアント側の担当者が待機していた。

挨拶を交わし、まずは機材の搬入と準備を開始。

オフィスの一角を借りて、簡易の機材ステーションを設置する。

カメラマンはカメラの組み立てとテスト撮影、照明スタッフは基本的なライティングの準備を始める。

佐藤は、クライアントと改めて細かい打ち合わせを行う。


AM11:30

いよいよ撮影開始。

しかし、IT企業ならではの制約にすぐに直面する。

セキュリティの観点から、社内のサーバールームや一部のオフィスエリアは撮影禁止。

開発中の新製品が写り込む可能性のある場所も避けなければならない。

さらに、機密情報が映り込まないよう、社員のパソコン画面は必ず別アングルからか、あらかじめ用意された作業用の画面に切り替えてもらう必要があった。


「このエリアはセキュリティ上の理由で撮影できませんので、代わりにミーティングスペースでのディスカッションシーンを増やしましょう」

佐藤は、限られた撮影可能エリアの中で最大限の効果を引き出すべく、構図や人の配置を工夫する。

オフィス全体の雰囲気を伝えたいが、機密情報の漏洩は絶対に避けなければならない。

クライアントの法務部門からも事前に厳しい注意を受けていた。


「社員の皆さん、申し訳ありませんが、この撮影の間だけパソコン画面をスタンバイ画面に切り替えていただけますでしょうか」

撮影の合間には、映像に写り込む書類やホワイトボードの内容まで、すべてクライアントの担当者にチェックしてもらう。一見なんでもない背景に、重要な機密情報が写り込んでいる可能性もあるからだ。


AM12:00

昼食時、山田と打ち合わせをしながら、佐藤は撮影プランを再検討する。

当初予定していたオープンスペースでの開発風景が撮影できないため、代わりにどのようなシーンで企業の先進性を表現するか、知恵を絞る。


PM1:00

製品撮影のセクションでは、特に慎重な準備が必要だった。

この企業の主力製品は「TeamFlow」という名のクラウド型プロジェクト管理ソフトウェア。画面上の情報を伝えながらも、実際の顧客データは一切映し出せない。そのため、マーケティングチームと事前に作り込んだデモ画面を使用することになっていた。


「このガントチャートの画面、もう少し斜めから撮りましょうか。UIの美しさが際立ちます」佐藤は画面の映り込みを確認しながら、カメラマンに指示を出す。

TeamFlowの特徴である直感的なユーザーインターフェースを、できるだけ魅力的に見せたい。デモ画面には架空の企業のプロジェクトデータが表示されており、タスクの進捗状況や、チーム間のコミュニケーション機能など、製品の主要な機能が一目で分かるように工夫されていた。


「次は、モバイルアプリの操作画面をお願いします」

スマートフォンでの使用シーンも重要だ。

遠隔地にいるチームメンバーともスムーズにコミュニケーションが取れる──その利点を視覚的に表現するため、実際のアプリケーション画面とモデルの手元の演技を組み合わせて撮影していく。


「ここで重要なのは、操作の簡単さです。画面のトランジションをしっかり見せたいので、もう一度お願いできますか?」

プロジェクトのマイルストーン管理画面から、チャット機能、タスク割り当て画面まで、スムーズな画面遷移を何度も撮り直す。製品の特徴である「3クリック以内で必要な情報にアクセスできる」という利点を、映像を通じて伝えなければならない。


「では次に、データ分析機能の画面をお願いします」

TeamFlowの強みの一つが、AIを活用したプロジェクト分析機能だ。

しかし、ここでも実際の分析アルゴリズムや、データ構造が推測されるような画面は使えない。代わりに、分かりやすいサンプルデータを使って、機能の有用性を表現することにした。

「このグラフのアニメーションは、もう少しゆっくりめでお願いします。視聴者が理解できる速度で」

画面上で、プロジェクトの進捗状況を示す棒グラフがゆっくりと伸びていく。

リソース配分の最適化を示す円グラフが、少しずつ形を変えていく。

これらのビジュアルエフェクトは、製品の高度な分析機能を直感的に理解してもらうためのキーとなるはずだ。


「このシーンの後に、先日収録した実際のユーザーインタビューを入れましょう」

大手建設会社のプロジェクトマネージャーへのインタビューシーンが、製品の実用性を裏付ける。

TeamFlowの導入によって、どのように業務効率が改善されたのか、定性的な評価を語ってもらっていたのだ。


PM3:00

CEOインタビューでも、セキュリティは大きな課題となった。

経営戦略に関わる書類や、今後の展開を示唆するような背景は避けなければならない。そのため、インタビューは特別に設営したニュートラルな空間で行うことに。

「このバックの壁面なら、企業らしさは出つつ、機密性の高い情報は入り込みませんね」

照明を工夫して、どこか先進的な印象を与えながらも、情報管理の観点からはクリーンな背景を作り出すことに成功。CEOの言葉も、事前に法務部門のチェックを受けた範囲内で、しかし視聴者の心に響くメッセージとなるよう、何度も丁寧に撮り直した。


PM5:00

すべての撮影が終了。

機材の撤収作業が始まる。

佐藤は、クライアントと最終確認を行い、撮影データのバックアップも念入りにチェック。

予備のハードディスクにもコピーを作成する。


PM6:00

会社に戻る。スタッフたちに解散の指示を出す前に、明日からの編集作業について簡単な打ち合わせ。

「お疲れ様でした」という声が会社中に響く。

佐藤は自分のデスクに戻り、今日撮影した素材を一通り確認。

明日から始まる編集作業のイメージを、頭の中で組み立てていく。

時折、撮影中に気になったカットをメモに残す。


「佐藤さん、お疲れ様でした」

山田が声をかけてきた。時計を見ると、もう20時を回っている。

「ああ、お疲れ様。今日は段取りよくできたね。助かったよ」

カバンを片付けながら、佐藤は山田に声をかける。明日は編集作業があるため、あまり遅くまで残るわけにはいかない。デスクを整理し、パソコンをシャットダウン。


PM8:30

会社を出た。

夜の渋谷は、朝とはまた違った喧騒に包まれている。

電車の中で、スマートフォンで撮影時のメモを見直す。


PM10:00

玄関を開けると、妻が待っていた。

「お帰りなさい。お風呂沸かしてあるわよ」

温かい食事と風呂で、一日の疲れを癒す。

就寝前、明日の予定を確認。編集作業の打ち合わせが朝一番に入っている。

枕に頭をつけながら、今日撮影した映像が次々と頭の中をよぎる。

少しずつ、完成形が見えてきた気がする。


明日もまた、新しい一日が始まる。

企業の思いを、人々の活動を、製品の魅力を──映像という形で伝えていく。

それは時に難しく、時に疲れる仕事かもしれない。

でも、完成した映像を見たときの達成感は何物にも代えがたい。

そんなことを考えているうちに、佐藤の意識は少しずつ遠のいていった。

時計は23時を指していた。


企業PR映像制作ディレクター

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